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東京高等裁判所 昭和31年(う)1624号 判決 1956年10月31日

被告人 西田さだ

所論に鑑み本件記録を精査して按ずるに、本件労働基準法第六三条第二項違反の罪のうち満一八歳に満たない少年をその福祉に有害な業務に従事せしめる場合その使用者が利益をうけていないということはさして斟酌すべき事情とは認められないことは右法条が所論の如く年少者保護の規定であつて、児童の精神、肉体双方の健全な、成長育成を確保する為のものである点から考えても明瞭である。

又原判決は被告人は本件少年を雇入れたことにより万余の損害を蒙つている旨判示しているところ、成程被告人の原審公判供述によれば、所謂前借金三五、〇〇〇円の内六、〇〇〇円返還されたのみで、その余は免除したというので、二九、〇〇〇円の損失を蒙つたが如くである。しかし、一方H子の司法警察員に対する供述によれば、同人が被告人方に雇われている期間中には合計約四四、〇〇〇円の稼ぎ高があつたことが認められるので、被告人の右損失を蒙つた旨の原審公判供述はたやすくは信用できないのである。而して被告人はH子が満一八歳未満で、芸妓として、酒席に待せしめることのできないものであることを熟知し乍ら雇入れたもので、たとえ右少年の実母等から雇入方を懇願されたからとて遵法精神の欠如するものとの謗は免れない。

その他被告人の性行、経歴、境遇等諸般の事情を綜合すれば、原判決が被告人に対し罰金刑に対し刑の執行を猶予したのはいささか量刑軽きにすぎたものと認められ、論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書の規定に則り次のとおり原判決を破棄して更に自から判決する。

原審が証拠によつて適法に認めた事実を法律に照すと、被告人の原判示所為は労働基準法第六三条第二項、第四項、第一一九条第一号、罰金等臨時措置法第二条、女子年少者労働基準規則第八条第四四号に該当するところ所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において被告人を罰金三、〇〇〇円に処すべきものとし、この罰金を完納することができないときは刑法第一八条によつて金三〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

別紙(原審の労働基準法違反被告事件の判決)

本籍並に住居 前橋市紺屋町六十七番地

芸妓置屋光本営業 西田恵津子こと西田さだ 明治三十八年四月二十七日生

主文

被告人を罰金参千円に処する。

右罰金を完納する事が出来ないときは、金弐百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し、本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

理由

罪となるべき事実は起訴状、公訴事実のとおりに付、引用する。

証拠の標目

一、H子の身上照会書、甲第七号証。

一、H子の司法警察員に対する供述調書、甲第三号証。

一、H子の検察官に対する供述調書、甲第四号証。

一、高橋忠次郎の検察官に対する供述調書、甲第六号証の一。

一、被告人の司法警察員に対する供述調書、甲第八号証。

一、被告人の検察官に対する供述調書、甲第九号証。

一、被告人の当公廷供述。

法律の適用

労働基準法第六十三条第二項、第四項、第百十九条。(罰金刑選択)女子年少者労働基準規則第八条第四十四号。罰金等臨時措置法第二条。換刑処分に付刑法第十八条。

犯情に付考ふるのに、被告人が本件児童を芸妓として傭入れ、引いては本件犯行をなすに至つた動機に付、其心情些か恕すべきものあり。又其為め被告人は何等の利益を受けないばかりか、万余の損害を蒙り居る事、又本件が初犯なる事其他諸般の状況を考慮し刑の執行を猶予するを相当と認め刑法第二十五条。

をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(昭和三十一年四月三十日前橋家庭裁判所 裁判官 神村三郎)

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